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まるで漫画!門外不出の音楽と天才モーツァルト

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漫画を読む方なら分かると思いますが、漫画の世界では時折「一子相伝」や「門外不出」などといった表現を聞くことがありますよね。

そのように秘密にされている物が何であれ、それらは大きな成果を上げます。

そして、それらの秘密が漏れるとこれまた主人公たちを苦しめます。

そんな門外不出の存在というのは、やはりロマンを感じますよね。ですが、「代々秘密にし続けるなんてリアリティが足りない」という方もいらっしゃるでしょう。

実は、現実の世界にも100年以上にわたって門外不出とされている物があったのです。

そしてその門外不出を解いたのもまた、漫画のような天才でした。

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天才 モーツァルト物語

1630年頃のこと、グレゴリオ・アレグリという作曲家が「ミゼレーレ・メイ、デウス(以下、ミゼレーレ)」という曲を完成させました。

「神よ、我を憐れみたまえ」という意味のタイトルを持つこの曲は、それ以前から伝わる楽曲とグレゴリオの作曲した部分を組み合わせた楽曲です。

4部合唱と5部合唱を行う2組に分かれた聖歌隊が、それぞれメインに当たる歌とその歌を解説する歌を歌う、というとても複雑な曲です。

非常に美しい曲で、この曲を演奏したいという人は後を絶ちませんでした。

しかし、この曲は聖なる力を持つとされ、演奏する・採譜することが許されるのはシスティーナ礼拝堂での決められた礼拝の時のみ、1年の内決められた1週間の水曜日から金曜日の3日間のみでした。

他の場所で演奏・採譜した場合、それを行った人は全て教会から破門されるという非常に厳しいものでした(この曲が作曲されたころ、ヨーロッパで教会から破門されるということは実質死んだも同然でした)。

正に門外不出というわけですね。

しかし、その秘密も100年以上の時がたち、ついに破られる時が来ました。

1770年、ある一人の少年が、父親と共に旅をしている時にシスティーナ礼拝堂に立ち寄り、ミゼレーレを聞いたのです。

少年は宿に帰るなり、猛烈な勢いで楽譜を書き始めました。

そして書き終わると、部屋の中で喜びのダンスを踊ったそうです。

彼はその後、もう一度システィーナ礼拝堂に赴いて、自身の楽譜を確認しました。

そして、自分の楽譜は完璧なものだと確信した少年は、楽譜をそのまま持ち出してまた旅を続けました。

父親はその楽譜を自分たちだけで研究しようと思っていたのですが、少年はたまたま知り合った歴史家と出会った際にこの楽譜を渡してしまいました。

そして、歴史家はそれを出版してしまったのです。

教会の秘密が完全に明かされてしまったにも関わらず、教会はこれに対して寛大な処置を行いました。

当時の教皇クレメンス14世は、まず出版した歴史家に掛け合ってミゼレーレを採譜した少年を呼び出しました。しかし、少年は破門されませんでした。

教皇は少年の音楽の才能の素晴らしさを激賞したのです。

というのも、ミゼレーレは今まで多くの音楽家たちが採譜しようと目論んできたのですが、それを成功させた人はいませんでした。

にもかかわらず、少年が一度聞いただけで完全な採譜に成功したことを教皇は褒めたのです。

併せてミゼレーレの門外不出令は直ちに解かれました。

そして、教皇に激賞された少年の名前は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

歴史に名前を残す天才の手によって、門外不出が破られたのです。

斯くして、門外不出だった楽曲「ミゼレーレ・メイ、デウス」と、その門外不出の局を完全に理解した天才、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの名前はヨーロッパ中に広まりました。モーツァルトのその後の名声については、説明するまでもありませんね。

まとめ

実は、我々にも馴染み深い「ミゼレーレ・メイ、デウス」という曲は教会の秘密の曲だったものをモーツァルトがその一度聞いただけでコピーしたものだったのです。

門外不出を天才が破るという、正に漫画のようなロマンあふれる展開ですよね。

モーツァルトの採譜したミゼレーレは現代ではCDにもなっていますので、聞いてみたいという方は是非一度聞いてみてください。

この曲を耳で聞いただけで把握することがどれ程難しいことなのか、きっと理解できると思います。